![]() |
|
Spaces home 私という生き方 ― 今を輝くためにPhotosProfileFriendsMore ![]() | ![]() |
|
|
私という生き方 ― 今を輝くためにニューハーフ木内珠美のスピリチュアルライフ
August 21 怒りと向き合う事で感情を解放する今日、こんな事があった。
(トイレに関する内容なので、食事をしながら読んでいる方はこの先はよまないでくださいねっ♪)
今日仕事中に、職場の二つあるトイレうちの一つの方で小の方を済ませて出てくると、
お店の受付のオネェのおっちゃんがトイレの消臭スプレーを手に持ってのしのしと近づいてきて、私にこう言った。
「ほら、臭い消し。もう一つのほうのトイレから持ってきたのよっ」
でも、ナゼかその時の私にはこういうニュアンスの意味に聞こえた。
「ほら!臭い消しよ!アンタの後って超クサいから、必要でしょ。わざわざもう一個のトイレから持ってきたわよっ!」
と・・・・。
彼はいつもデリカシーのない余計な暴言を一言はいては新人を泣かせたり、
スタッフの何人かに(私を含め)平気で(悪気はないと思うケド・・・)傷つくようなことを言うような人で、
そういう人だていう先入観と、
たまたま私がちょっと落ち込んでいたせいもあってか、被害妄想的なニュアンスで
彼の行動をとらえてしまったのである。
「コッラァ~っっ!!!おっさんっ!(怒)確かに入ったほうのトイレには消臭剤なかったけど、
今、済ませたのはおしっこのほうじゃっ、ボケぇっ!それに、わざわざ言わんでも、私が出た後に黙ってスプレー缶を
トイレに置いとけばえぇんちゃうんかいっ?!あぁ~~~~ん”!!!!」 と
久々に関西弁のおっさん風にブチキレてしまいそうになってしまった。
今冷静に考えると、もしかするとおっちゃん本人は、私が匂いを凄く気にする人間だと知っているので、
純粋な親切心から消臭剤をもってきてくれたのかもしれない。
それに、小をしてたのか、大の方をしてたのか分からない可能性はもちろん、充分にある。
でも、その時の私には彼の行動がとてもデリカシーのない無神経な行動に思えて、関西弁で暴言は吐かなかったものの、
怒りをあらわにして「あぁっそうっ!!」と一言言って、フイッとそっぽを向いてしまった。
それがその時の精いっぱいの私の抵抗だった。
「接客前だってのに・・・・、こんなんじゃ仕事できない・・・・。この怒りをどうにかしなきゃ」と思い、
三回大きく深呼吸してから、
いろんなスピリチュアル関係の本や心理学の本などに書かれていた「怒りをコントロールする方法」を試してみた。
まず、人が怒りを感じるときはどういうときか。
「恐れ」が心にあるときです。
人の行動の動機は、突き詰めてゆくと二種類に分かれるそうです。
「愛」か「恐れ」です。
なにかを恐れてるから、自分の中にあるその恐れを見たくないが為に二次的感情の「怒り」にすり替える。
自分の中にある「恐れ」や「不安」などに直面したくないために、代わりに「怒り」に翻訳して自分の外に敵を作り
そこに感情をぶつける。
例えば、喫茶店でコーヒーを注文したら、
ウェイターが目も合わせず、返事もせずに行ってしまったとします。
無視された、と思っていると、また無愛想にコーヒーをドンと置いて行ってしまいました。
ウェイターの態度に「失礼な!」と腹がたつ人もいるでしょう。
その場合、いきなり怒りが沸いてきたように思われがちですが、怒りは二次的感情なので、必ずその前に
「自分はお客なのにぞんざいに扱われて悲しい」とか「惨めだ」といった、一時的感情があるはずです。
ナチュラルスピリット 「StarPeople 2008 Summer Vol.26」より 「鏡の法則」著者、野口嘉則さんの言葉より。
つまり、人の怒りの根本的な原因は結局自分の内面に潜んでいるということになります。
まず、最初にした事は今の自分をありのままに受け入れてあげる事だった。
「私は今怒ってる。そう私は今腹を立ててるし、恐れている」
と何度も自分に言い聞かせた。
それから私は、ちょっと冷静になって立ち止まり、よーく考えてみた。
じゃあ、私の中にどんな恐れがあって、怒りになったんだろう。
何を恐れてるんだろうと。
「おまえは臭いって言われてるみたいで、嫌だ」
「お前はなんて臭いんだ!って言われるのは、自分の存在を全否定されてるみたいでとても悲しい」
「私の存在を全否定されるなんて本当に悲しいし、惨めだ」
臭いことで他者から嫌われることに対する恐れ、否定されることに対する恐れ、
それがこの時の私の中にある一次的感情だってことがすぐに分かった。
じゃあ、ナゼおっちゃんが消臭スプレーを持ってきただけで、ここまで敏感に反応してしまったんだろう・・・。
答えはすぐに解かった。
自分の性のことなどで悩んでいて精神的にもとてもナーバスだった思春期の頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。
ある日、母に本当に嫌そうにこう言われた事があった。
「あんた本当に、臭いね~!!!臭くてたまらんわ!何食べたらそんなに臭くなるんだ!」
本当になにか汚らしいものでも見るかのように私に向けられた、私を全否定するようなあの時の表情は
そういえば、時々無意識に思い出していた。
その時はそんなに気にならなかったのに、今思うと深く傷ついていたんだなぁってはっきり解かった。
大人になった私がとても体臭や、匂いを神経質なくらい過敏に気するようになった原因はこれだったのかー!
と、自分の謎がまた一つ解けた。
そして、すぐに私は目を閉じて、自分の内にいるもう一人の子供の頃の自分、インナーチャイルドに逢った。
子供の自分の表情をみると、とても混乱している様子で、ナゼそんな事を言われたのか理由もわからないまま
傷ついて悲しんでるのが切ないくらいに伝わってきた。
にかく混乱しているようだったので私は、
「混乱してるんだね」とやさしく声をかけた。
「傷ついてるんだね、悲しいよね」といってやさしく抱きしめて、頭をいい子いい子してあげた。
すると彼の表情はみるみる明るくなってゆき、光の中に溶けて行った。
目を開けた私は何か心に軽いものを感じ、鏡の前でいつものように気合を入れて
仕事を開始した。
いつの間にかさっきまでの怒りは嘘のように消えていた。
私の中の抑圧された感情が一つ、解放されたのだろう。
結果的に、受付のおっちゃんには、私の中にある恐れに気付かせてくれたことに
感謝する事になったのである。
私の鏡となって私を映し出してくれて有り難うございます。
August 11 セックスのこと。私にとって人生のテーマの一つである「セックス」について。
「セックス」って、なんだろう?
なぜ人はセックスするの?
セックスをする事にどんな意味があるの?
なぜ人によってはセックスの話題を避けたがるの?
なぜ特殊な性癖をもった人たちがいるの?
「人類の遺伝子とか自分の遺伝子を残していく生存本能に決まってるじゃないっ!」
と、いつもならスピリチュアル討論で一緒に熱くなる“はず”の友達は言いきって、
それ以上のセックスについての話は恥ずかしいのかたんに興味がないのか、
あまりしたがらない。
本当にそれだけだろうか。
もし、彼の言うとおりにそれだけだったとしたならば、子供を創る目的以外で行なうセックスは
いったいなんなのだろう。
私の頭に中でいつものように自問がはじまる。
「気持ちイイから?」
それだけ?
「自分の欲望や性欲を満たすため?」
それだけ?
「愛おしく思っている相手との一体感を感じたいから?」
う~ん・・・、それだけだろうか・・・・?
「自分以外の他者と一つに交わることで、他者を受け入れるという事を学ぶため?」
うん、近くなってきてるのかなぁ・・・?どうなんだろう・・・。
タダ単にこれだけが理由の人もいるかもしれない。
そして、そうじゃない人ももちろんいる。
なにかもっと魂の奥深いところで、もっと根本的で普遍的な聖なる理由や目的があるような気がする。
いや、あるはずだわ!
じゃなかったら、私たち人間が創造されたときからずーっと繰り返されてきただろう営みが
こんなにも長い間続いているわけがないっというのが私の自論だ。
古代の様々な文明では、神に仕える巫女の女性と交わることで神と一つになるという神聖な儀式のようなものとして
信じられていた時代もあったという。
それにあの感じ、
心から愛し愛されてる相手とするセックスのなんとも素晴らしいこと!!
愛し合っている相手との交わりは本当にとても神聖で純粋で清らかなもので卑しさが全然なく、
それでいてとても美しいと感じる。
見つめあいキスをするだけで、時空の概念は消えさリ全身が痺れるように震え、まるで“最初からそこにあったかのように”肉体は自然と相手を受け入れる。
そして一つに交わると相手と自分とを隔てている境界線は曖昧になってゆき、二人でいる事を忘れてしまうくらいに、心も身体も魂も一つに溶け合ってゆく。
そして時間の感覚は飛ぶように過ぎてゆき、なにか身体のとても深い所からとても強く熱いものがこみ上げてきて
とても大きな安心感とエクスタシー(恍惚感)の中で、喜びと幸せしか感じなくなり、愛と白い光でいっぱいになる。
意識は遠くなってゆき、気が付くと歓喜のあまり涙が溢れている。
瞑想をしているとこれによく似た体験をたまにしますが、また違うものだと思います。
精いっぱい言葉にして表現してみましたが、やはり言葉で全てを表現するのは難しいです。
こういう神秘的としか言いようがないセックス経験をなさった方は結構いると思いますが、私はこういう体験を
「スピリチュアル・セックス」と呼んでいます。
魂の交わりです。
私がそんな体験をしたのは過去に付き合っていた男性の中でたった一人だけです。
まぁ、そんな話は別の機会に詳しくしようとおもいますが、
とにかくこのような体験をしてしまったもんだから、なにかあるような気がするワケなんです。
私たち人類は全て男性と女性が交わって、その結果として命を授かりこの世に生まれてくる。
もっと俗っぽい言い方をしてしまうと、私も、今これを読んでるあなたも、父親と母親がセックスして生まれてきたってことですよねっ。
だから、セックスっていうのは本当に本当に本当にとても素晴らしい事だし、神秘的なことだし、神聖なことだし、
まさに神様から贈られた在り難いギフトだと思います。
私自身、長い間風俗という仕事柄、沢山の方と交わってきましたが、今ハッキリしてる事の一つは
「エクスタシーを感じることはいやらしい事で恥ずかしい事なんだ、汚らわしい行為なんだ」と思い込んでいる男性の方が本当に沢山いるということです。
ナゼか?今までそう教えられてきたからです。
だからそう感じるのもしかたがないことなのです。
この私もそうでしたから。
そして面白いのは、心の奥で「エクスタシーを感じることはいやらしい事で恥ずかしい事なんだ、汚らわしい行為なんだ」と思っている
方がお金を払ってまで風俗にいらっしゃるという不思議な矛盾です。
きっと、心の深い所では知っているんでしょうね。
私たちはエクスタシーを生きても良いんだってことを。
そして思い出すために風俗にいらっしょるんでしょうね、私たちがエクスタシーから創造されたことを。
別に私は風俗と言う仕事を正当化しようとしたり風俗体験を勧めたりするためにこんな事を書いているのではない、ということをまずご理解いただきたいのですが、
ぶっちゃけると、今の私のお仕事は風俗とはいってもそういったことを思い出すお手伝いをさせていただく、
いわば身体を使った「カウンセリング」のような仕事に近いかもしれません。
裸で、日常の肩書きや立場上の義務などからいったんはなれて、同じ人間同士、一対一のまっさらな状態でその人が求めている欲求などから
その人が自分で欠けていると思い込んでいるものなどを推測して、抑圧された想いを解放してあげる。
もちろん、そのことはわざわざ本人に説明したりしません。
不思議と裸で抱き合っていると自然と色々な情報が伝わってくるので、その情報からその人に一番合った
アプローチを探っていきます。
その情報は、大体は映像として感じることが多いのですが、音や色、声、フィーリングの時もあります。
なぜそんな事がわかるのか、
なぜ、そんな事ができるようになったのか、
セックスとは何かという最初の問いの答えに繋がる事なので、
これから少しずつこのブログに書いてゆきたいとおもいます。
最後まで共同作業で同じ時間を創造してくれた
あなたの無邪気な遊び心に感謝します。
ありがとうございます♪
August 08 グッときた言葉先日、東京に来て初めてお芝居を見に行った。
私の記憶違いじゃなければ、生まれて初めての体験だったかもしれない。
バイト仲間の一人が役者さんで、舞台をやるとのことだったので、
芸術関係全般のことにアンテナおっぴろげていたその時の私は、それを聞いてさっそく食いついたのだった。
最初はそのストーリーにそそられた。
舞台は一人の男が人生を終わらせるべく、ビルの屋上から飛び降りようとするところから始まる。
しかしそこにはもう一人先客がいて、その二人を含め様々な人間模様が描かれていて、
笑いあり、ラブロマンスあり、感動ありの素晴らしいストーリーになっていた。
最初は役者さんの不慣れな演技や、セリフを噛んでしまうところとかが目に付いてしまって、
けっこう冷静に観てしまってたけど、ストーリーが進むに連れていつの間にか夢中になって見入ってた。
観客をそうさせてしまう役者さんたちの才能って凄い!と思った。
途中は何度か笑い、ハラハラしたりもしつつ、最後の方は感動してちょっと泣いてしまった。
最後の方のセリフでグっときた言葉があったのでここで紹介したいと思います。
ストーリーをざっと説明すると、恋愛がらみの事が理由でビルから飛び降りようとしていた男は先に来ていた同じ理由で
飛び降りようとしていた女と出会い、彼ら二人の友達やら関係者たちがかわるがわる、屋上まで来ては説得をするが
上手く行かず、でもチョットづつ二人の心に変化が現れてきたころ最後に、女の妹が説得に入るシーンでの言葉、
「わかんないよ!!言葉で言わなきゃ伝わんないよっっ!!」
要は自殺を図ろうとした男も女も、根本の原因はコミュニケーション不足により生じた思い込みによる誤解だった。
ま、結局はそのビルの屋上で出逢ったふたりは結ばれて終わり、めでたしめでたし!だったんだけど、
このお芝居がなんだか現代の社会の人間関係を映し出してるように思えてならなかった私にはグッときた言葉だった。
恋人同士でも友達関係でも家族でも、「言わなくてもわかるでしょ」ってな感じで、思ってることを言葉で伝えない。
でも、それって本当に相手に伝わってるのかな。
本当に相手に言葉で言わなくても分かってもらえてるのかな。
伝えたいときに伝えなくて、後で後悔しないのかな。
時には言葉が必要じゃない場合ももちろんあるけれど、本当に誰かに伝えたい事があるのなら、
言葉や態度で伝えなきゃその気持ちは伝わらない。
特に感謝の気持ちは思ってても照れくさくて言えないって人は沢山いるんじゃないでしょうか?
「ありがとう」
「どうも有り難う」
「いつも有り難う」
「今まで有り難う」
「本当に有り難う」
おゎっ、ここに書き出すだけでも色んなありがとうが出てきます。
この有り難う、を口にだして相手に伝えるだけで、多くの人間関係がスムーズになり、
言われた相手も、伝えた自分も不思議と気持ちがよくなります。
「有り難う」は、「有り得ない(在り難い)くらいの、ことをして頂いて本当に感謝します」、という意味があります。
そんな素敵な言葉を伝えないなんて、もったいなさすぎる!
と、私は思います。
さぁ、たった今から始められる人生を素敵にする魔法の言葉、
「ありがとう」をどんどん伝えましょう。
まずは身近な人から、恋人や奥さま、自分の子供に「いつもそばにいてくれてありがとう!」と言葉で伝えてから
できればギュっと愛情を込めて抱きしめてあげてください。
ダイレクトに相手に想いが伝わります。
どうしても照れくさくて自分はそんなガラじゃないし・・・と言う方は寝てる相手に向かってそっと
「ありがとう」とつぶやく所から始めてみるのも良いかもしれません。
それも出来ない方は心の中で感謝したい人の顔を思い浮かべて、「ありがとう」と伝えましょう。
なれてきたらできるだけ言葉で伝えてあげてくださいね。
その効果にきっとビックリする事と思います。
これを続けてゆくと今まで目に入らなかった事や当たり前のように感じてきた感謝すべき事が
どんどん見えてきて、様々な気付きが得られることと思います。
自分でも気が付かなかった自分自身のこともだんだんと見えてきます。
是非ゲーム感覚で楽しんでやってみてください。
今回も長々と最後までお付き合いいただき、心から感謝します。
本当に有り難う御座います♪
「言葉が重要なんじゃない、もっと大切なのは誰かに伝えたい、伝えようっていう気持ちなんだよね」
July 13 自分が変わると世界も変わる今私は、情熱を生きている。
長いスパンでの大きな夢を持って、まるでその夢がすでに叶ったかのように想像して
五感全てで感じ、ワクワクしながら生きている。
夢を生きている。
毎日、私の好きな言葉である「一日一生」を実践してる。
これは読んで字の如く、一日を一生分に見立てて起きてから眠るまでを、この世に生まれてから
あの世に旅立つまでのように感じて過ごす。
これをやると、クセになる。
それまで見えなかったモノや、忙しい毎日のギムに追われて見過ごしていた自分にとって大切な何か。
様々な気付きや学ぶ事が見えてきて、それらがあまりにも素晴らしすぎて、輝いていて楽しいので、
もっともっと続けてしまう。
生きているって本当に素晴らしい奇跡だなって心底思うことができる。
まず、朝目が覚めたときに、その日一日をどんな風に過ごすかおおまかなテーマを決める。
「今日は明るい挨拶で知らない人を笑顔にする」とか
「今日は雑誌の撮影があるけど、緊張したりしないでとことんその状況を楽しむ」とか
「今日は何があっても心に愛をもって対応する」とか、「今日接する全ての人の良いところを3つ以上みつける」
「今日は影で人の良い所をウワサする」とか・・・(笑)
そして、眠るまでの残された限りある貴重な時間を、よくかみ締めながら過ごす。
これを実践するようになってから、私の人生はまったく別の物になった。
毎日の一瞬一瞬を大切に過ごすようになったし、目的を持って毎日を過ごすので、
自分の人生の全てにおいて責任を持てるようになり、そのお陰でなにか問題が起きてもありのままを
客観的に受け入れられるようにもなった。
そう、人生は今日の一日のようにあっという間に過ぎてゆく。
だから、もう思い悩んだり後悔したり、やりたくない事をやって過ごすなんて無駄な時間の使い方は
もったいなくて、いや、あまりにも人生が素晴らしすぎてそんなヒマない。
どうしてこんなに変われたのか。
自分でも不思議だし、昔からの友達とかにも変わったねーと驚かれる。
その驚かれるのもまたクセになる。(笑)
そんで、もっともっと素敵な自分に変わりたくなる。
もう、「ポジティブ連鎖地獄」(天国?)にハマってしまっているってかんじ。
とにかく、人生の道しるべを見失って、迷子になっていた私を導いてくれたのは
「バシャール」との出会いが大きいと思う。
当てもなく答えを探していたわたしの魂にズッキュン♪と響き、
それを試しに実践してみたところ、面白いぐらいに劇的に変化が現れ、すぐに結果が見えたのが
私の心を掴んで放さなかったんだろうな・・・。
「バシャール」は今までの私の疑問の98%は解消してくれた。
しかも自分で答えを見つけられるような本の構成になってるので、見つけたものは魂に深く刻まれて
今では第2の天性のようになっている。
人生って沢山の、本当に沢山の出逢いがあるけれど、私の人生を変えてくれたのは
「バシャール」との出逢いがキッカケです。
そして不思議な偶然で(本当は偶然なんてないんだけどね)完璧なタイミングで、
必要な時に、出逢えたキセキに本当にアリガトウ。 June 29 表現歌唱法今日はシアーミュージックで初めて「表現歌唱法講座」のグループレッスン(略してグルレス!)
に行ってきた。
表現豊かに歌うってどいうことか、表現豊かに歌うにはどうしたらよいのかなどの知識や技術を数名の生徒で学ぶんだけど、
行く前からいままでの他のグルレスとは違って、な~んか変わった事やるんじゃないかっていう予感はしてて、
その予感は見事的中!!!
最初は本日の課題曲である平井堅の「瞳を閉じて」の歌詞の世界観をそれぞれ分析していった後、
12人位いるみんなの前で一人ずつマイクで唄うと言う事になってしまった!
胸騒ぎはしてたけど、こんな事になろうとは・・・・(泣)
とにかくいきなり二番目に唄う事になって、、多少照れくささと恥ずかしいのと緊張してるのを感じながら前に出た。
照明を落として、何台かの照明に照らされたレッスン室はまるで薄暗いステージのような雰囲気になってたおかげで
緊張は和らいだ。
私は先生のピアノ伴奏に乗せてマイクを持ってミュージシャンになりきって唄った。
複式呼吸とブレスがまだまだヘナチョコだったけど表現力とパフォーマンスにはナゼか自信があった
唄い終わると不思議な気持ちよさがこみ上げてきた。
早くステージに慣れて大勢の人たちの前でもリラックスして最高の歌唱力で唄えるようになっていけたらいいな。
ちょっとまた少し自信と希望が持てたグルレスでした!
ありがとうございました!!!
このスペースにアクセスしていただき、ありがとうございます。 この珠美のブログを観ていただいたご意見や感想、質問などなんでも良いので、 大切なあなたという存在の足跡を残していってくださいねっ♪ | ||